「Culture First」って、本当に「Culture First」の精神に則っているのだろうか。

池田信夫blogより、「オリジナリティの神話」
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/e30907d3796288a56efadeb8d088e3c0

「権利者の利益だけでなく、社会全体の利益との調和点を探ることが必要だ」というのも当たり前のことだが、文化庁の職員の端末の壁紙にでも大書してほしいものだ。「所有権のドグマ」を批判した中山氏の教科書も、異例の売れ行きを見せた。「現行の知財法体系を全面的に改めるような新体系」の研究も始まっているようだ。確実に流れは変わっている。

「確実に流れはかわっている」にもかかわらず、構造の再形成が追いついていない…というのが現状なんだろう。


論点は変わるが、「知財」を語る上で絶対にはずせないものがある。
そう、違法ダウンロードの問題だ。

個人的に、コンテンツひとつひとつに課金する…という現行のビジネスモデルよりも、コンテンツの集まる「場」*1に対して対価を払い、あとはその「場」にあるものは使い放題!というビジネスモデルの方が好きだ。

そのほうが、クリエイターにとっても、ユーザーにとっても、しあわせな仕組みだと思う。クリエイターにとっては、より多くのユーザーに作品を認めてもらうチャンスが増えることになり、ユーザーはより多くの作品にアクセスしやすくなるわけだから。
困るのは著作権管理団体くらいだろう。「Culture First」宣言が痛ましいことこの上ない。


ということで、今後、NapsterLife is beautifulで紹介されていたVerizon WirelessのV Castのようなビジネスモデルに移行していってくれないかなぁ…と切に思うしだいである。


いまの「流れ」にあった、権利とフリーのバランスを早く見極めて仕組み化してあげないと、コンテンツ産業の歪みが肥大化して、取り返しの付かないことになってしまう…かも。


※時間がなくて、非常に浅い考察&乱文なので、知財・コンテンツ周りの考察は、後日また別のエントリーできちんと書こうと思います。今回のエントリーはメモ書きレベル…

*1:必ずしもコンテンツホルダーとは限らない。もっと大きな「何か」かもしれない。